変化した先で、好きは待ってるかもしれないってこと。
皆さんこんにちはスパボです。
皆さんにとって、好きなものの形が変わることって、どんな出来事ですか?
楽しみ?ワクワク?僕にとっては、少し怖いイベントです。
僕って変化に敏感だし、臆病なんですよ。
新しい情報とか、いつもビクビクしながら見てるし、生放送で重大発表!なんて字面が有れば吐きそうになりながら日々を過ごしてます。
まじで『なんでコンテンツ追いかけてんの?』みたいなメンタルの弱さなんですけど、そんなもの好きだから以外ないんですよね……
でもそれだけ臆病になるのも、好きだからなんです。
好きだから、自分の好きなものの、好きな部分が変わってしまうことが怖いんですよ。
●好きの変化
最近、ラブライブ!ってコンテンツの展開そのものも、媒体ごとの新展開も目まぐるしいですよね。
最近特に大きかった変化って、ランミアの虹ヶ咲加入でしょうか?
二人に関しては個人的に、まだ「好きだ!!」と言えるほど知れてるわけではないって感じなんですよね……
でも僕にとっては加入したって事よりも、『虹ヶ咲の形もどんどん変わっていくんだって事実が寂しい』って気持ちのが大きかったですね。
僕が虹ヶ咲を好きになれたのって、スクスタであの9人のお話を見たこと、現実の9人が見向きもされなくても走り続けたからでした。
あの時「この物語がどこに行くのかみたい!」って思えたのは、あの9人と"あなた"の物語だったからなんですよ。
だから、変化を怖いと思うのは僕の心がそれを大事にしてたから寂しいってだけであって、別に誰か悪いのかって言ったら、誰も悪くないんですよ。
栞子のことは好きだし、ランジュもミアも可愛げがある子だなって思うんです。
でもそれはそれとして、僕の好きだった虹ヶ咲の色は、時を重ねるごとに確かに変わっていってるんだなって。
勿論「虹ヶ咲が虹ヶ咲である為に、大切にしたい軸」これは変わってはないと思います。
"ソロアイドル"って形でどんな個性も尊重する虹ヶ咲の姿も、僕の好きな虹ヶ咲だなって思います。
だからこそ、その軸を変えないために、前に進み続けなきゃいけない時って、あるんだと思います。
変わってしまった所もあるけど、変わらなかった所がある。
でも、変わってしまった部分は僕にとって大切なものの一つだったってことも、紛れもない事実なんですよ。
その寂しさをどうしてあげたらいいのか?それはまだ答えが出ないです。
・変化の先で見つける好き
でも、変化することが嫌いかって言われるとそんなことなくて、僕は進むことで見つけられる好きがあるってことも分かってるんです。
虹ヶ咲だけじゃない、今もAqoursを、Liella!を好きでいられるのは、進んだ先に新しい楽しさが待っててくれたから。
9人のままだったら、シャッフルアルバムか?ってくらいの面白さをした、4thアルバムには出会えなかったかもしれない。
Aqoursが挑戦し続けるという道を選ばなかったら、生バンド演奏のライブなんていう楽しいものは見つけられなかったかもしれない。
"新しい好き"とは出会えなかったかもしれない。
変化することは怖いことだけど、その先にしか見えない楽しみがあるかもってこと、もう十分分かってるんです。
けれど、大切なものが増えた分、大切だったものを引き換えにしてるかもしれない。
歩夢 前に進むって、大切なものが増えていくってことなのかな?
大切な物が増えたけど、歩夢ちゃんが侑ちゃんと過ごしてた何気ない日常は消えていったように。
前に進んだら大切なものだけ増えるなんて、そんな都合のいいことあるわけなくて『流れていく景色の中に置いてかれたもの』が確かにあると思う。
その中には、"好きになった理由"とか、譲れないものがあったかもしれない。
でも無くしたものだけじゃなくて、新しく手に入れたものに目を向けてみると、そこには新しく「大切」って呼びたいものが転がってるかもしれない。
「楽しいけど寂しい、寂しいけどやっぱり楽しい。」
多分今は、そんな想いの狭間で、好きなものと向き合ってみるしかないのかなと思います。
・最後に
改めて、アニガサキ二期での3人加入決定、本当におめでとう!!!!!
楽しみだ!!って気持ちの中に、やっぱりアニガサキ一期が好きだったからこそ、形が変わってしまうことへの怖さはあって、寂しさもあるんですよね…(もう9人での曲は聞けないのかなとか)
でも、僕はまだ確認してないんですよね……このアニガサキ2期って変化の中で、新しい好きが生まれるのかどうかすら。
だからまた少し進んでみようと思います。
ただ一つ勘違いしないで欲しいのは、僕は別にこの記事を読んでる方に『次に進んだ方が楽しいし、いいことあるよ!』って強要したいわけじゃないんです。
進んだ先に「自分が好きになれること」が待ってるとは限らない、それは好きになれないものかもしれない。
変わって消えてしまったものが、自分の大切なもので絶対譲れない、だから進まない。
それも、好きとの向き合い方だと思います。
好きなものとの向き合い方だって、好きな人の数だけあって、正解不正解なんてないですよね。
それに先程も言った通り、寂しいと感じるほど好きなのですから、その寂しさは否定しなくていいんです。
それでも僕がこの記事を書きたかったのは、同じものを好きだ!って言ってた人が、変わってしまったって理由で離れてくのが悲しいなって、出来れば一緒にまた楽しんで行けたらいいなって、そんな僕の勝手なエゴなんです。
だからこんな戯言忘れてくれていいし、こんな不器用なコンテンツの追い方してるオタクなんか笑ってくれて構わないです。
でもこれを読んで何か感じてくれたなら、大切だったもの全部大切にしながらでも、次の楽しさは待ってるかもしれないから
僕と一緒に次の景色を見に行ってみませんか?